アップルシード 全4巻 – 士郎正宗

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攻殻機動隊でおなじみの 士郎正宗の商業デビュー作。1985年~1989年に渡って4巻まで発表されたが未完に終わっている。

各巻毎の感想

1巻

攻殻機動隊(1991年)を読むと士郎正宗だって若者だったころはあるんだよなぁと思う部分が結構あるが、デビュー作だけにアップルシードからもそういう印象を受ける。それでも社会の管理と反発という作風がこの頃から書かれているのは面白い。

何度も世界大戦があって荒廃した世界に生きる主人公らが近未来的都市オリュンポスで生活することになるが、そこは管理社会のディストピアだった……という今見ると古臭さを感じる内容だが当時からマニア層には非常に評価が高かったようだ。

通常は東京の出版社の雑誌で連載して単行本になる、という流れになる所を大阪の出版社から連載を経由せずにいきなり単行本で発売という異例の形態で発表されている。個人的には作品の内容よりも、その経緯の方が気になるところだ。よっぽど評価が高かったんだろうな……。

2巻

1巻の感想で、昔から社会の管理と反発をテーマにしてるんだなぁと書いたが、その兆候はこの間で更に加速する。

攻殻機動隊でもお馴染みの欄外解説はこの作品でもあるのだが、作品オリジナルの概念だけでなく「スキピオの有名な発言」「マーフィーの法則」みたいなのも出てきて「俺ってこんなことも知ってるんだぜ」みたいな印象無いでもない。士郎正宗にもこういう時期あったんだな……。

コンピュータによる管理と人間性の話ということでいいんだろうか?本巻では「人類の為に」機能する機械が人間を襲う、という話を扱っている。しかし登場人物が思わせぶりなことばっかり言っててよく分からないな……。

ところで人類全員バイオロイドになればよい!という作中キャラの主張を聞いて、ジョー・ホールドマンの「終わりなき平和」を思い出した。ホールドマンはベトナム戦争の帰還兵であり、戦争SFジャンルのオールタイムベストに挙げられる「終りなき戦い」の著者である。そういった経緯を持つ彼が書いた「永久の平和」は方法は違うもののそれに近い「均一化」によるものであった。行き着くところはそういうものなのかもしれない。

3巻

2巻までは、事情通の登場人物が思わせぶりな発言をして引っ張る、という凄い古臭い(というか今見ると恥ずかしいというか……でもエヴァとかは今でもやってるんだよな)表現が多かったのだが3巻は控えめ。

代わりに2巻あたりから増えた社会派な描写が増え、実在の国の名前や経済、テロのような話題がモブなどの会話にもしょっちゅう出てくるようになる。士郎正宗の作品は海外ドラマ(特に警察もの)の影響を受けている節があるが、その効果の一つかもしれない。

ところでこの世界の日本は企業連合体(いかにもサイバーパンクな表現だ)となっており、日系企業のポセイドンという会社が大きな影響力を持っているようだが、この企業は攻殻機動隊にも登場しており両作品は共通の世界観らしい。攻殻機動隊は既読だが結構世界観が違うような……時代が結構違うのだろうか?

4巻

最後だから何か作品のまとめ的な要素や伏線回収みたいなものがあるかと思ったが、特にそう言うことは無かった。主人公らの所属するESWATが今回挑んだ事件、ぐらいの話で内容が近未来戦闘なだけの日常回みたいな感じでストーリー的にも進んでいない。考えてみると前振りとか数巻越しの伏線とか全然やらないな、士郎正宗。この辺は普通にエロ漫画家っぽい。(えっ!?エロ漫画!?という人はまぁ調べてみてください。テッカテカです)

3巻で警察ものドラマみたいになってSF的な視点は薄れた印象だと書いたが4巻もそんな感じ。1~2巻と、3~4巻で結構別物という感じだ。4巻冒頭に乗っている文章にもあるように(当初の)テーマは科学技術と人類の共存あたりだったと思われる。

だが興味があんまり無くなったというかサイバーパンクの方面に移ったのかもしれない。この巻が1989年に出て、2年後の1991年にでたのが超有名な攻殻機動隊。ちなみにウィリアム・ギブスンのニューロマンサーの和訳が出たのが1986年。ショックだったんだろうなぁ。あの時代だとサイバーパンクにショックを受けること自体に、ある程度のハードルがあったと思うが。

攻殻機動隊を既読だと、この作品で書いてきた警察ものの要素をそのままにサイバーパンクを描いたことが伺える。そういえばアニメから入った人は大抵驚く原作版の素子の性格ってデュナンそのまんまだな。

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