大統領の陰謀 ニクソンを追いつめた300日 – ボブ・ウッドワード カール・バーンスタイン

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ワシントン・ポスト紙の若手記者二人が1972年のウォーターゲート事件を発端にニクソン政権が行っていた不祥事を暴くノンフィクション。

ワシントン・ポスト紙の2人の若手記者が、徹底した取材活動でウォーターゲートの大スキャンダルを白日のもとにさらすまでの300日。複雑な人と組織、嘘、圧力をものともせず、パズルを解くように事件の核心をつきとめた。情報源〈ディープ・スロート〉の告白で再び注目される20世紀最大の政治“探偵”ドキュメントである。 – 文春文庫

以前から米国現代史の重要事件として気になっていたウォーターゲート事件であるが、日本では2018年2月24日に放映される映画「ザ・シークレットマン」(記事)をきっかけにその予習として読んだ。

本書はワシントン・ポスト紙の記者、ボブ・ウッドワードとカール・バーンスタインを中心とした視点から、ウォーターゲート事件をきっかけに明るみになっていくニクソン政権の不祥事を時系列的に追っていくもので、全体を包括的に説明する内容ではない。「今世紀最大の探偵小説」という比喩が示す通り、徐々に不祥事が暴露されていくわけであるが、米大統領というアメリカのみならず世界の中でも最高の権力の元に動く彼らは一応最高のプロフェッショナルであるはずだが、割とすぐに嫌疑かかる(主犯格のハワード・ハントにたったの二日で辿り着いている)わ、疑惑を持たれると逆ギレするわ、関係者は結構ペラペラ喋るわでフィクションのように大物感みたいなものはやっぱりない。「国民や報道を舐めてかかって狼藉を働いていたら、有力者へのパイプを持ったうえでしつこく調査してくる記者が出てきて大狼狽」と言ったところか。

「ニクソン政権(共和党)のライバルである民主党の選挙対策本部が存在するウォーターゲートビルに盗聴器を仕掛ける目的で不法侵入をした5人組が捕まった」というのがウォーターゲート事件(1972年)であるが、振り返って全貌を見ると「不祥事が明るみに出る氷山の一角であった」という発端になっただけで、実際にはニクソン政権が行っていた不法行為こそが本丸であった。作中でCRPと略される大統領再選委員会には「情報を漏らさないように工作を行うメンバー」という意味で「鉛管工」と呼ばれるグループがあり、再選の選挙関連を中心として妨害・スパイ・攪乱の様な工作を行っていた。

そういうわけで本事件は前日譚ともいえるペンタゴン・ペーパーズ事件とも関わっている。鉛管工グループの中心人物であるハワード・ハントとジョージ・ゴードン・リディが、ダニエル・エルズバーグ(ペンタゴン・ペーパーズの暴露を行った人物)の担当精神科医の診療所への不法侵入を指揮していた事実が、ウォーターゲート事件とホワイトハウスの関係が明るみに出た後の調査の過程で判明する(p477)。このペンタゴン・ペーパーズ事件も『ザ・シークレットマン』と同時期に映画化(記事)されており、この映画の主人公であるキャサリン・グラハムは会社代表として、ベン・ブラッドリーは二人の上司として、本書『大統領の陰謀』に登場する。この両者が同時期に映画化されたのは偶然ではなく、トランプ政権発足への危機感啓蒙としての題材として必然的に同時期に出てきたという経緯がある。

登場人物が多いので、冒頭で列挙するだけでなく組織図と人物相関図が欲しい所(中盤でいきなり関係各者の顔写真一覧が掲載されている(p304-309)のだが、なんでこれ冒頭に人物紹介と一緒に持ってこなかったのだろうか)。そんななか名前だけは知っている人も多いであろうディープ・スロートは4章目から登場。「ウォーターゲート事件のだいぶ前から、二人はワシントンや政府や権力の話をして夜を過ごしたことがなんどもある(p196)」とある通り、事件発生時点で二人は知人である為登場も結構唐突である。「ディープバックグラウンドから情報を持ってくる」という意味から、当時ヒットした有名なポルノ映画の題名を取ってワシントン・ポスト編集局長のハワード・サイモンズがつけた(p102)ということだが、それにしたってなんでこんな往来で話しづらい名前つけたんだよと言いたい。

なおウッドワードとバーンスタインってどういう関係だったんだろうか?というのが読む前に気になっていたのであるが、反対の気質を持つ同僚(ちなみにバーンスタインが先輩)で競争するより共闘する方が良いということで組んだようだ。コンビを組む前はあんまり仲が良くないからか、取材先から「さっきもワシントンポストから取材あったけど別の人なの?同じ会社なのに情報共有してないの?」って言われるような状態だったらしい(p69)。

読んでいると記者の取材に対して結構内部のこと喋ってくれるんだなぁと驚く。今だとこんな風に話してくれないんじゃないかな。こういう調査報道は今となっては古臭いんじゃないかという気がする。相手の答え方結構曖昧な感じだけどこれ記事にしていいもんなの?というシーンも結構あるのだが、案の定というか中盤でやらかし(紙面で嫌疑をかけた首席補佐官ホールドマンに対して、彼の補佐だったスローンの弁護士がテレビカメラの前で関係を否認)て絶体絶命みたいな状態に陥る(しかしこういう部分も含めてフィクションのようにドラマチックだ)。

ホワイトハウスのワシントンポストを悪者扱いする報道は、実際には彼らに非があったと判明している現在からみると厚顔過ぎて唖然とする。訳者あとがきによると「ポスト以外の他紙は事件から十ヵ月余りにわたりまったく沈黙していたといってもよかった(p523)」という状況だったらしいが、ニクソン政権が蛮行に至った理由の一つが「散々違法行為を行っても揉み消せる公算のほうがずっと高かった」ことが窺える。だからこそこういう居丈高な態度に堂々と出られた(し、その方が威圧として効果的でもあっただろう)わけだが、分かっていてもやっぱり胸糞悪い。

最後ニクソンが「大統領職を離れる意思は無い」と国民に宣言するシーンで終わっていて「あれ?」と思ったが、この本が出版された1974年6月15日時点でまだ辞任してないんだな。辞任表明は同年8月8日で、ウォーターゲート事件発覚からニクソン辞任までの経緯を書く続編『最後の日々』がウッドワードとバーンスタインによって上梓されている。こっちはニュー・ジャーナリズムというさも小説の様な表現で(その場にいたわけでもないのに)登場人物の会話や思考が書かれる形式らしい。実話でそれってどうなのと思わないでもないが、ノンフィクション作品ってある程度はそういう傾向あるか。

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