ディア・ハンター

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ベトナム戦争を扱った映画の中でも有名な映画の一つ……であるのだが、ベトナム本土の話が30分くらいしかない、という意外な内容だった。

てっきりベトナム戦争渦中の主人公が戦場で見たものとは……!みたいな内容かと思いきや、普通のアメリカの町での話から始まりずっとそれが続くので「もしかして別の映画みてるのか?」と不安になる。一時間以上経ってからようやくベトナム本土の話になる。

約3時間の長丁場(のためか大体半分くらいのところで1分間の休憩が入る。他には七人の侍とかでしか見たことが無いが、やっぱり制作側も長いと思っていたのだろうか?)の映画であるが、この部分がそんなに重要なのか?と思いながらベトナム本土の話を見ていると、なんとまた主人公らは故郷へ戻ってしまう。

もうこのあたりで明らかなのだが、この作品はベトナム戦争映画ではないんだな。戦争の影響を受けた男たちの友情の話で、他の戦争でも同じように成立する。

べトナム戦争映画というと、アメリカ人をとにかく愚かな加害者に、ベトナム人を哀れな被害者に描く印象があるがこの映画はその印象とは異なる。ベトナム本土のメインシーンは、捕まった主人公らが無理やりロシアンルーレットをやらされて死ぬかもしれないというアメリカ人が被害者側になる場面である。

この戦争で被害を負った主人公ら、という内容だからこうなっているのだと思うが、へぇと思ってしまう。このへんの描写はまだアメリカ軍の愚かさを描く時期ではなかったのか、それともベトナム人だって自分が有利になったらこういうことをするという描写なのか?

ベトナム戦争映画はいくつもあるが、初期に作られた(「地獄の黙示録(視聴済み)」のほうが先に製作が始まったのに、そちらが撮影予定をはるかに超過したため、ディアハンターのほうが先に放映されることになったらしい)作品なので、そのあたりは他の作品にどういう影響を与えているのだろうか。

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