ゴースト・イン・ザ・シェル (攻殻機動隊ハリウッド実写版)

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士郎正宗のSF漫画のハリウッド実写版。今までに何度もメディアミックスがあったが実写映画はこれが初となる。原作とアニメはサイバーパンクのエポックメイキング的な作品だったが、そのエッセンスは生かされず、よくあるハリウッド映画になってしまった。

近未来。少佐(スカーレット・ヨハンソン)は、かつて凄惨(せいさん)な事故に遭い、脳以外は全て義体となって、死のふちからよみがえった。その存在は際立っており、サイバーテロ阻止に欠かせない最強の戦士となる。少佐が指揮するエリート捜査組織公安9課は、サイバーテロ集団に果敢に立ち向かう。 – Yahoo!映画

実写映画・ドラマを作って儲けるために人気漫画原作を抱き込むというのは日本だけのことではないらしく、ハリウッドでもドラゴンボール・エヴォリューションのような作品が作られて失笑を買ってきた。そんな中、攻殻機動隊というビッグタイトルが実写化と聞いて皆不安がったわけであるが的中してしまったように思われる。

私は、原作漫画1巻、最初のアニメ映画、TVアニメ第1期のS.A.Cを見たぐらいの人間で特別ファンというわけではない。ウィリアム・ギブスンが1984年発表のSF小説『ニューロマンサー』でSFファンに与えた衝撃を、より情報量が多く、見るハードルの低い漫画やアニメという媒体で一般人にも知らしめた作品という認識である。ウィザードリィとウルティマからドラゴンクエストが産まれたみたいなものだ。

そういうエポックメイキングな作品として評価しているわけだが、私が評価していたサイバーパンクのエッセンスはこの映画には引き継がれていなかったと思う。

攻殻機動隊のアニメ映画を手掛けた押井守がこの映画についてのインタビューを受けているのだが、その中で以下のような発言がある。

要するに人間だけがなぜ身体を再確認する過程が必要になるのかとか。身体論だと思う。人間ってどう言う風に意識ができてるのか、本当に横にいる人間とおんなじ現実を見ているんだろうかとか、そういうことを誰がどうやって保証するのとか、だから人間が生きることのリアリティって本当はなんなのっていう。 – GIZMODO

この発言はさすがというかサイバーパンクをよく表した発言であると思う。私の言葉でサイバーパンクを表現するのなら『意識とは刺激の集合体であり、刺激の元が元来有していた有機体からのものである必要性は実は存在しない』というところだろうか。『常識的に持っている身体論がまるで役に立たなくなってから考える意識』に味があるのである。

なので「人間は体が生身であるかどうかではなく、どんな行動をしたかで決まる」「私は人間を選ぶ」なんていわれちゃうとなんか違和感があるのだ。『行動で人間が決まる』なんて生まれで差別されてる主人公とかが言うよくあるお決まりのセリフで、攻殻機動隊という材料を用意してこの結論ではもったいない……。

ラスボスになるカッターも本当にどこにでもいる悪役で閉口。攻殻機動隊のラスボスなんだから、なんか社会に対して痛烈な波紋を投げかけるとか、視聴者の常識を揺さぶるようなことして欲しい。最後、もう勝負はついてるのに荒巻がそのカッターを銃殺してしまうのも驚きである。明らかに重要参考人なんだけど……。原作には素子がキーパーソンをうっかり殺してしまったために『殺したら情報得られないだろうが!』と荒巻に怒られるシーンがあるのだが、それがハリウッドになると荒巻が殺してしまう。

映像的にはよく出来ていてサイバーパンクにおなじみの変な日本文化の描写とか良かったと思うが、それだけにこういう部分が余計際立つ。原作・アニメのオマージュと思われるシーンが結構あるのだが、なんか白けるというか……。

なお原作で有色人種であったキャラクターを改変して白人に置き換えることが最近では「ホワイトウォッシュ」という名前で呼ばれており、今作でも白人のヨハンソンが採用されたことに対して批判があった。驚くべきことに作中でも草薙素子が死亡して白人(型義体)のミラ・キリアンになったって内容なので随分チャレンジブルというか挑発的なことをしたものだ。

こうやって列挙してみるとハリウッド的シナリオにしないといけないとか、主人公は白人で、とか業界の慣習みたいなものから逃れられなかったという印象である。上手く作っていれば名作になっただろうに残念……。

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