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テッド・チャンの短編SF小説『あなたの人生の物語』(記事)の映画化。原作が持っていた、異なる宇宙観の受け入れによって自らの内面が変化していくという部分を科学で説明していく面白さがオミットされている感じはちょっと残念であるが、思ったよりよく出来ているように感じる。

ある日、突如として地球上に降り立った巨大な球体型宇宙船。言語学者のルイーズは、謎の知的生命体との意思疎通をはかる役目を担うこととなり、“彼ら”が人類に何を伝えようとしているのかを探っていくのだが……。 – 映画.com

こういっちゃなんだが映画の本予告を見るだけで不安であった。原作のヘプタポッドは人類にメッセージ伝える気なんてまったくないし、それを巡って世界中が争うような話でもないのである。

見てみるとやはりパニック映画やファーストコンタクト映画としての描写が多めの作品になっている。宇宙人がUFOに乗って表れて世界中大混乱、各地の政府・軍は調査隊を組織して究明に向かう……という感じで、軍の描写とか未知との遭遇みたいなのは映像化して映えるものになっていると思う。

もっともこういう映像を見ると原作小説でも似たような状態であったであろうにこの辺の描写が淡白というか皆無に近いあたりに、原作者のテッド・チャンがそういうことには全然着目していないことが浮き彫りになる。それは本作が描写するテーマではない、ってなとこだろう。

原作が(というかチャンの多くの作品が)モチーフにしているのは

認識の変容が現実の姿をも変容させ、それは人間の内面世界にも反映される  (テッド・チャン『あなたの人生の物語』  p518)

という部分で、ヘプタポッドが宇宙という同じものに対して人間と異なる知覚のひらめきを覚えた生物で、彼らの宇宙観を知ることで両義的な世界の見方を得ることが出来るという部分が非常に面白い話なのだ。原作はフェルマーの原理などをフックにした宇宙の両義的な解釈の話が凄い面白かったんだけど、その辺はやっぱりオミットされている。

ヘプタポッドBあるいは表義文字(セマグラム)と表現される彼らの文字だが、この描き方だと『よく分かんないんだけど理解すると未来が分かる円形の文字』ってだけだよね。二次元方向に書かれた、前後の無い曼荼羅みたいな文字見たかったなぁ。今見るとすっかり普及したQRコードみたいっていわれるのかな。

焦点がハリウッド映画的な盛り上がりになっているおかげで、ヘプタポッドとのコミュニケーションの『もっとやり方あるだろ』な感じとか、中国の動向で世界が動きすぎなところとかはまぁ稚拙だと思う。最後、中国が情報をオープンにしたので世界中が次々に協力し始めましたっていうのを見たときは結構唖然としてしまった。

あと最初から「3000年後に人類に助けてもらう必要があるので、それに必要な未来視を可能とする言語を提供します」って伝えないヘプタポッドがめっちゃ間抜けに見えると思うのだがどうだろうか。

一方で未来の自分の記憶が流れ込むと自分もその時の知識を元に動くことが出来るっていうループものみたいなパワーアップは、原作の設定をフックに膨らませた感じで面白い。『ヘプタポッドの言語をマスターしている未来の自分』の記憶が流れ込むと現在の自分にもその知識が入るから、実はヘプタポッド言語の知識ってあるところで飛躍的に習得することになるんだよな。さながら技術的特異点(シンギュラリティ)のようである。

ところでイアンがヘプタポッド二体に付けたアボットとコステロという名前に何か元ネタがあるのか調べたら、1940~50年代に活躍したそういう名前のアメリカのお笑いコンビが居て

なぜイアンはこの名前を付けたのか特に劇中で言及はなさそうですが、アボットとコステロのやり取りの中で言葉の勘違いネタを使ったシーンがあるためではないかという解釈もあります。 – ciatr 映画『メッセージ』にまつわる驚愕のトリビア10選

だそうであるが、どうやら大した意味はないらしい。

描写からするにルイーズを通してあの世界の人類はヘプタポッド言語を習得するに至るんだろう。そうすると誰もが未来を見通せることになっているわけで、ジョジョの奇妙な冒険第6部のプッチ神父の目指した世界が実現しているわけだな。

しかしそうするとイアンも自分の未来を知っているはずなので、何で『怒らせたから離婚に至った』のかよく分からないな(ハンナにそう話してるだけかもしれないけど)。そういう部分も含めて『誰もが未来を知っている世界』っていうお題でお話が作れそうだ。そういう難しいテーマはハリウッドが扱うかっていうと微妙なところだが。

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「メッセージ」への1件のフィードバック

  1. イアンが、ルイーズと別れた理由。
    それは、イアンが「ゼロサムゲーム」を続けたかったから。
    これに尽きると思います。

    たとえて言えば、だまし絵として有名な「妻と義母(これに関する言及が原作にもありますね)」が、「これは若い女の後姿を描いた絵だ」というグループと、「いいやこれは鼻の曲がった老婆の横顔を描いた絵だ」と主張するグループに分かれ、不毛な争いを続けている。「自分たちが正しくて、お前らは間違っている」とか言って。

    こんな感じで、いま世界は一方的な二分法による決めつけで、「ゼロサムゲーム」を続けています。

    つい先日も、イスラム教徒とキリスト教徒の間のゼロサムゲームが原因で、自爆テロが起こり、無辜の人々が犠牲になりましたが。
    これに対して、「テロに屈しない」とか言っても、解決にはならんのですよ。ゼロサムゲームを終わらせるための、道筋を示さない限り。

    そんな中で、ルイーズはヘプタポッドの文字を学ぶことで、若い女と老婆を同時に見ることができるようになったのでしょう。

    そこから、彼女は「自分の人生の物語の主人公」として「ノンゼロサムゲーム」の世界へと、足を踏み入れていく。

    それが、イアンには耐えられなかったのでしょう。
    だから、別れることにしたのだと。

    あと、「殻」は映画では、北海道にも来ているので、書道家が円相を書いてヘプタポッドとやり取りして、禅僧が彼らと禅問答をするていう展開の「日本版メッセージ」を作ると面白いと思います。

    そして、その際の彼らのあだ名として、春日と若林はどうでしょうか?

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