高い城の男 – フィリップ・K・ディック

この紙きれとライターには一財産かかったが、それだけの値打ちはある──なぜなら、この二つが彼の持論の正しさを証明してくれるからだ。“〝本物”〟という言葉に実はなんの意味もない以上、“〝偽物”〟という言葉もまた無意味だ、と

SF小説家フィリップ・K・ディックの代表作。第二次世界大戦が枢軸側の勝利で終わった世界を書く歴史改変SFであり、1963年のヒューゴー賞長編小説部門を受賞している。

同様の設定の歴史改変作品は他にもあるが、『作中で、連合側が勝利した設定の小説がブームになっている』という入れ子の構造を採用し、著者が書き続けた「本物と偽物」というテーマに絡めたところがフィリップ・K・ディックのオリジナリティを発揮していると言える。

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第二次世界大戦が枢軸国側の勝利に終わってから十五年、世界はいまだに日独二国の支配下にあった。日本が支配するアメリカ西海岸では連合国側の勝利を描く書物が密かに読まれていた……現実と虚構との間の微妙なバランスを、緻密な構成と迫真の筆致で描いた、D・K・ディックの最高傑作! - ハヤカワオンライン

すでに既読の作品であるが、Amazonがドラマ化を果たし日本向けにも配信されるようになったので、すっかり忘れてしまった内容の復習として読むことにした。『バーナード嬢曰く』の神林しおりが好きそうな黒いカバーになる前の表紙だったころの紙版を裁断してスキャンして個人的な電子書籍にしたものを持っているにもかかわらず、ドラマ化を知って秒速でKindle版を購入した……のに結局読み終わったのは半年くらい経ってからだった。ああ、しょうもない……。

読んでみた感想だがやっぱり最初に読んだ時と大して変わらない。複数の主人公の場面が切り替わって進んでいく話なのに、それぞれのエピソードがほとんど交わらないで終わるというアレレ?な展開が一番印象的である。なんとなくロバート・チルダンが主人公なんじゃないかという印象で読んでいたのだが、話は別のキャラで終わるので「チルダン最後に何やってたっけ?」ってなってしまった。

SFは名作と呼ばれている作品でもこういうことが普通に起きうるジャンルなのでそんなもんかな。そんななのに訳者あとがきには『ディック作品にありがちなプロットの破たんが見られず』とあって、破たんして無きゃいいってもんでもないけどなぁ、と思ってしまう。フィクション(偽物)ならフィクション(偽物)としてのお約束守れよ……って、このテーマ、ディックっぽいかもな。

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おそらく複数主人公仕様を採用した理由は「枢軸側が勝利して、敗戦国であるアメリカの西部を日本が、東部をドイツが支配している」という特異な世界で各々の立場の人々を書く必要があったからだろう。日本人、ドイツ人、アメリカ人、そしてユダヤ人の設定のキャラクターが登場するが、日本の読者である私からすると日本人キャラがどのように書かれているか気になるところである。ただ主にチルダンが卑屈に日本人の印象を述べてくれるんだが、そんなに「おおっ!」とはならなかったかな……。アメリカ人が読むとまた印象が違うんだろう、多分。

「それは、つまり、ぼくの本が真実ということなのか?」 「そうです」  怒りをこめて、彼はいった。「ドイツと日本が戦争に負けたというのか?」

作中では『易経』という中国由来の占いが流行っている……を通り越して重要視されている(参考にしているってレベルではなくて、この世界のキャラクターはこれの結果を普通に信じているらしい)。実は「イナゴ身重く横たわる」は作者であるホーソーン・アベンゼンが易経を使って出た結果を書いただけのものであり、ラストにジュリアナが行った易経の結果によると、この小説で書かれている「連合側が勝利した」のが真実であるらしい……というのがオチである。現実だと思っていたものが不意に不確かなものになる、フィリップ・K・ディックらしいエンディングである。

ところで「イナゴ身重く横たわる」ってタイトルは明らかにディックの「ウーブ身重く横たわる(Beyond Lies the Wub)」(短編集「パーキー・パットの日々」収録)から来ているのでなんか関係あるのかなと思っていたが、原文だと「The Grasshopper Lies Heavy」なので翻訳の際にそうしただけなのかこれ。

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