叛逆航路 (ラドチ戦史1) – アン・レッキー

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アメリカの作家アン・レッキーの第一長編であり、2013年に発表されると同年英米のSF・ファンタジーの章であるネビュラ賞、英国SF協会賞、キッチーズ賞、翌年にはヒューゴー賞、ローカス賞、アーサー・C・クラーク賞、英国幻想文学大賞という合計7つの賞を一つの作品で勝ち取った。

なお、後書きや帯で書かれているこの7つの後に日本の星雲賞等も受賞しており

『叛逆航路』単体としては、今年3月にフランス語版が受賞した Prix Bob Morane につづき全世界9冠達成。《叛逆航路》三部作としては、今年6月に第3部 Ancillary Mercy が受賞したローカス賞SF長編部門につづく全世界12冠達成となります。

アン・レッキー/赤尾秀子訳『叛逆航路』が星雲賞受賞! シリーズ12冠達成! – 東京創元社

という評価を得ている。まさしくここ最近のSF作品の中で超ビッグタイトルと言える。そんな作品だと知っていながら翻訳二巻目が出たあとになってようやく読むことになった。

舞台は遠い未来の宇宙で、その中の人間社会にはラドチという強大な専制国家が版図を広げている。このラドチの兵員母艦にはAIと、その手足となって動く集団人格サイボーグ、属躰(アンシラリー)が搭載されており、主人公のブレクはかつてそのAIでありながら、ある事件によって艦を失い一つの個体となってしまった存在である。ブレクがかつて自分の艦の副長であったセイヴァーデンと偶然再会し、ラドチの支配者であるアナーンダ殺害を果たすために行動する現在の視点と、その動機となった19年前の事件をカットバックで描写していく。

表紙から想像されるようなスペースオペラ的な艦隊戦は無い。こういう設定だとAIと属躰(アンシラリー)を駆使した宇宙戦争が中心となりそうだが、そっちよりもラドチや併合した国の文化描写などに視点が当てられているのは女性作家らしいといいえばらしいのかな。とりあえず戦争を書く話ではなかった。

属躰以外にも目新しい設定として、ラドチの人間にはジェンダーの区別が無く三人称が誰でも「彼女(言語ではShe)」で表記されるという文化がある。これに加えて同期している複数の属躰が別々の視点を同時に見ているので、一瞬で別の属躰がいる場所に場面が移動したりするので、更にイメージがついていきづらく、読むハードルは正直高い。面白い事やってるなぁとは思うのだが、現時点ではそこまで効果的にはなっていないかな……。二巻以降で上手くどんでん返し的に機能すればいいけど、こうも読むハードル高いと、私みたいなのは明かされても気づけ無そうなんだよな……。

ラスボス(?)のアナーンダが複数の個体として存在しており、一人倒しても大した意味がないというのも今風だなぁと思う(星間を広がる超帝国で独裁者がいるとしたらこういう設定が無いととても現実的じゃない、みたいなところから始まっているのかなこれ)が、実は各個体間に反目が発生しておりアナーンダ同士で水面下の争いが起きているというあたりは興味深い設定。

独裁国家の批判としてたった一人の人間に為政を任せることの是非というテーマがあると思うが、トップに立つ者が個人でなく群体としてあるのならどうなのか?みたいなところは真面目に突き詰めていくと立派なSFのテーマだと思うのだが、そういう部分は突き詰めるかなぁ。現時点で問題起きてるからそういう話じゃないか。同期とかどうしてるんだろう。

終盤の展開がよく分からなかったのだが、結局ブレクの目的はオーンの復讐の為にアナーンダを殺害するということで良かったのだろうか?ストリガンから回収したガルセットの銃をもってしても群体である彼女を倒すことは不可能に近いことは理解していながらも一矢報いるために行ったということかな?セイヴァーデンを助けた理由が自分でもよく分からないとこぼすあたりも含めて、<トーレンの正義>であった時代よりも感情的になっているということか。

その辺がよく分からなかったのと、書かれている文化描写なんかにそこまで興味がわかなかったので、7冠の評価を受けるほどの作品には思えなかったんだよな……。パオロ・バチガルピの「ねじまき少女」(本書の後書きでも紹介されているが、叛逆航路と同様に新人のデビュー長編でありながら5冠をなしとげた)もおんなじような感じだった気もするから、そんなもんかなぁ。

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